知ることの大切さ

最近地元紙やメディアでも「戦争」という事を盛んに取り上げているようです。
戦後70年という事で一つの節目としていきたいという気持ちとともに、現在の政府がどうも右寄りのちょっと「キナ臭い」ようなにおいを発しているというのが(ーー;)原因なのだと思います。

地元紙を毎朝涼しいうちに起きて読むのがひとつの(^^♪楽しみになっています。
しかし、最近記事の端っこに何かと説明をするようなコーナーが生まれてきたのが、(;一_一)気になっています。
この間は「焼夷弾」という事について詳しく書かれていました。
「火垂るの墓」や様々な映像でB29がバラバラと爆弾を落としている光景は、戦後生まれの私にとってもけっして(・_・;)珍しい光景ではありません。
しかし、あれが普通の爆弾ではなく「焼夷弾」と呼ばれるものだとし知っている人は、もしかしたら少なくなってきているのかもしれません。

また、最近の記事では「被爆者」という言葉についての説明が、記事の最後についていました。

被爆者と言えば私たちにとっては「空襲をうけた人達ではなく、『長崎・広島』で原爆の被害にあい、今も(>_<)苦しんでいる人たち」
というのは常識と考えていました。
しかし、現代の様々な人たちにとっては「被爆者」という言葉は「広島・長崎」や「原爆」という事と直結しないものになってしまっているような気がして、(>_<)悲しく思いました。

現に「はだしのゲン」という名作についても「描写が生々しすぎる」という理由で閲覧の制限するような時代です。
うちの娘も「どうもああいうのは苦手だ…」と言っています。

しかし、一度戦争となれば、あれが当たり前の世界にきっとなるのでしょう(戦後生まれの私が(ーー;)エラそうにいえる事とではないかもしれませんが・・・)。

一つの言葉が死語となってしまうという事は、そこにあった事実が消え去ってしまうだけでなく、そこで命を失った人の関係者の(>_<)悲しみがすべて消え、だれ一人そんな悲惨なことが起こったのだという事も知らずに毎日を過ごすようになり、また、同じ道を綾み始めたとしても誰もそれには(-“-)気づかないという事になってしまうのではないでしょうか。

「戦争を知らない子供たち」として生まれながらも、子供のころにはどこかで戦争の影を見続けていた(・_・;)自分として、何かできるとすれば、それはまず「知る」という事だと思っています。
この夏一冊でも多く、「戦争」を知る本を読めればいいなと思っている今日このごろです。